下河原通は、鈴木薄荷のあたりからはじまる。
ハッカの強い香りはちょっと苦手だが、遠くからほんのり香る鈴木薄荷から漂う匂いには、
どことなく甘味があって、ほんのり漂う桜の花の香りと混ざると、実によい。
生クリームにバニラエッセンスを一滴垂らすとか、そんな程度のさじ加減が大事なのだろう。
風向き次第で偶然に楽しめるというのも、ステキだと思う。
ナダタマでは匂いが届けられないので残念!
夕暮れ時の下河原公園にも、めいっぱいの桜。
春は、どの場所にも平等にやってくる。
静岡で過ごした高校時代、毎日のように自転車で渡っていた安倍川。
南アルプスから生まれ出で、駿河湾に流れ下る一級河川だ。
その源流部では、かつて砂金が採れたという。
きな粉を砂金に見立てて餅にまぶし、時の権力者・徳川家康に献上したところ、
たいそう喜んだ家康が「安倍川もち」と名付けた・・・という言い伝えが残っている。
マルセル・プルーストは、一杯の紅茶とマドレーヌから記憶の大伽藍を呼び起こしたが、
柔らかく、優しい味わいのナダシンの「安倍川もち」を頬張ったら、家康の話を思い出した。
そういえば、安倍川もち発祥の地で育った私が餅つきデビューしたのは、この灘区だった。
もし、どこかの公園やまちかどで餅を搗く学生の姿を見かけたことがあるとしたら、
それは私だったかもしれないし、私の餅つき仲間たちかもしれない。
餅つきにちょっとウルサい大学生が出没するまち、というのも悪くないんじゃないだろうか。
それにしても、ナダシンの餅は美味い。
灘は餅つきの聖地なんじゃないか、という気分になる。
第23話の「上河原通」にも書いた、例の銅像も、すっかり春めいた雰囲気になっている。
次回は「将軍通」の予定。