旅は道連れ、世は情け。
もし人生を道にたとえるならば、人生には逃げ道近道回り道がつきものでございます。
ということで、「第1話 青谷町」の番外編として「青谷道」を訪ねてみました。
なぜ番外編なのかと言えば、青谷道は「青谷町」じゃないんです。しかも、実は一瞬だけ灘区じゃないところを通るんです(小声で)。
ということで、こっそり静かに青谷道に分け入ってください。
なにしろ「無言地帯」ですからね。
青谷川(西郷川)には、天然の「滝」があります。
水音に誘われるままに、脇道に吸い込まれてみてください。
小さな小さな滝ですが、谷の奧でひっそりとほとばしっています。
いいですね、青谷道。いいですね、青谷の滝。
ただし、足元にはくれぐれもご注意。無言地帯にサイレンは無用です。
青谷道を上ること、10分弱。
そろそろ汗ばみ始めた旅人は、懐かしい茶畑の風景に出会います。
「静香園」の茶畑を眺めて立ち止まりながら、ふるさと静岡を思い出します。
そして9年前、はじめてこの茶畑に出会ったときのことを・・・・。
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ある冬の日、僕は見知らぬ山道を歩いていました。
何かに取り憑かれたように奧へ奧へと進んでいくと、茶畑がありました。
(ここは神戸だぞ。こんなところに茶畑にあるわけないじゃないか!)
(静岡を離れて一年も経って、無意識の望郷の念から幻覚を見ているんだ!)
そんな疑念と葛藤が渦巻いた時、奥の建物からひょいと女性が出てきました。
「こちらでお茶でもいかがですか?」
(うわっ、出た!! 絶対、狐か狸が化けてるに違いないって!?)
ところが「お茶」と聞いて、身も心もすっかり茶畑に奪われた静岡人。
気がついたら、山奥のお茶屋に上がり込んで、お茶を御馳走になっていました。
隣の茶畑で育てたお茶をいただきながら、世間話やお茶話に花が咲きます。
お茶屋の窓に野鳥がぶつかる話や、雨の日の話、山と街を行き来するお茶屋の暮らしのことなど、いつまでも楽しい話が続きます。
美味しいお茶に酔いしれながら「ほうほう」と頷いていたら、すっかり時が経っていました。
「どうもごちそうさまでした」
「次は暖かい季節にいらっしゃいね」
お茶屋を後にしてふと我に返ったとき、ものすごく不安になりました。
もし茶畑が消えていたらどうしよう。30分ぐらいだったのに、実は3日ぐらい経ってたらどうしよう・・・。
恐る恐る茶畑を振り返ったとき、目の前には最初と同じ茶畑が広がっていました。
僕は「ふぅ」とため息をついて、来た道をとぼとぼと帰りました。
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そんな9年前の出会いを昨日のことのように思い出しながら、青谷道をさらに進みます。
静香園のすぐ奧には「あけぼの茶屋」ゾーンがあります。
青谷道を歩くと、「つくばね会」の名前をあちこちで見かけます。正式には「神戸つくばね登山会」。発足は、なんと大正時代だそうです。当時の摩耶ケーブル社長が発起人となり、貿易商社の番頭さんなどを中心に設立された神戸最古の由緒ある登山会です。
この「あけぼの茶屋」ゾーンは、「つくばね会」をはじめとした登山者の方の憩いのスペースとしてだけではなく、鉄棒や卓球場(青谷みどり会)さえもあるんです。聖地摩耶山に至る青谷道の、懐の深さを思い知った気がします。
あけぼの茶屋からさらに登ること約10分。不動明王を祀る大龍院に到着です。
神戸ラーメン第一旭には「銀座本店」があるのか!?と衝撃の事実に腰を抜かすわけですが、ここまで青谷道を登ってくれば、「心」が大事なんだと気が付きます。(?)
さらに登ると巨大なヌリカベに道を遮られて、青谷道の旅はここまでとなりました。
少し息苦しくなってきたのは空気が薄いせいか、灘区をほんの少し出てしまったためか・・・。
(体力不足なだけです)
嗚呼、青春の青谷道。
無言地帯を避けながら、「青い山脈」を歌っちゃいましょう。
※亀ノ滝砂防ダムの脇を通過する際、一瞬だけ中央区を通過するので、通行の際は十分にご注意下さい。(何を?)
ということで、次回は「赤坂通」の旅をお届けする予定です。
おたのしみに☆