今のブームはカマキリだ。
家に飼っているカマキリの数を自慢し、
毎日餌のバッタ取りに奔走している。
イナゴが稲を食い尽くすように、
空き地のバッタは子どもたちに狩り尽くされてしまった。
お出かけの先で見つけたカマキリは必ず拉致され、
強制見合い婚をさせられている。
オオカマキリとハラビロカマキリの異種間交配は
実現してしまうのであろうか。
今のブームと書いたが、
子どもたちの遊びには恒常的なものと
流行性のものがある。
ここ数年、カマキリは「怖いから触れない」虫の代表だった。
しかし一度火が着くと、恐怖心をも凌駕してしまう。
ま、克服できない子も女の子を中心にたくさんいるのだが。
カマキリの火種は餌やりにあった。
生きたままのバッタをカマキリに押しつけると
カマで挟んで遠慮もなく食べ始める。
その従順さ(食欲に忠実なだけ?)に愛着を感じる。
同時に、生きたまま食すという事の残酷さ、
それをさせている事への軽い罪悪感。
ダメと言われていることをついやってしまう感覚に似ている。
バッタを二匹も押しつけられたカマキリ@灘丸山公園
局部は自主規制(しかし、その方がイヤらしい)
バッタには申し訳ないが、こういった体験を子どものうちにするのは
実はとても大切なんじゃないかと思うのだ。
生物の生き死にと食事という切り離せないものが
切り離されてしまっている昨今。
人間が食物連鎖の中にいる以上逃れられない原罪を
感じずに過ごしている子どもたち。
彼らがカマキリの姿に自らを投影できる日が来るかもしれない。
今すぐではなくても。
こういう遊びをしている子どもたちを注意深く、
しかし暖かく見守っていこうと思うのである。