また「新規の投稿」が遅配になってしまい、毎回お読みいただい
ている読者の皆様には大変申し訳なく思っている。
井上ひさしになりきらないうちに、さっさと筆を進めたい(と思っ
たら打ち上げかけた原稿が上手く保存できなかった・・・。とほほ)
明治45年7月30日、夏の盛りの時だった。睦仁天皇が崩御し、
明治の御代が終わりを告げた。
御一新、西南の役、清、露西亜との戦争、激動の時代という感慨
深さよりも、当時の日本は後に日露戦争と呼ばれることになる戦い
の後の経済の沈滞化から浮上をしようとする時期にさしかかりつつ
あった。
大正と元号が改まってから、銀次郎は念願の船主となる夢を実現
した。勝田商会で「御代丸」という商船を買い入れたのだ。
1500トンそこそこの当時としては中型の、古参船だったが、小野
浜の沖合いに錨を下ろすわが船を、銀次郎は目を細めて見つめていた。
ある日、銀次郎は、兼松商店の隣にある三井物産神戸支店へ立ち
寄った。事務室に入ると、以前から顔見知りになっていた内田が出
てきて、「勝田さん、景気はどんなものでしょうか」と水を向けて
きた。
「内田さん、なかなか厳しいものじゃ。ウチも船を買い込んだは良い
が船価が底に張り付いておる。今はじっと我慢のし時だな」。
苦笑しながらも返す銀次郎に、内田は声を潜めながら、「欧州での
列強間の緊張は高まってますよ」とささやいた。
たしかに膨張を続ける独逸、そして墺太利=洪牙利帝国に対し、英
吉利、仏蘭西、露西亜は牽制を仕掛けるという構図であったらから、
きな臭さは以前よりも強くなっていた。問題は、それが何時、弾け散
るかだった。
「ところで、勝田さん」、内田は話の方向をその視線の向うに変え
ようとしていた。その眼の先には兼松商店ビルの2階の一室が見えて
いた。「私は折に触れて、あの部屋のあるじの行動を見ているんです
よ」。 (この項、つづく)